ごめん。またいつか
どうしても手放したくない人がいるけど、やむを得ない状況にいる人が
「お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか」
あらやだ けっこういい男
「咬みません。躾のできた良い子です」
冬のある夜、飲み会帰りのさやかは自宅マンションの植え込みで行き倒れている男を発見します。
酔っていたこともあってさやかは、何だか面白くなり男を自宅に泊めてあげることにしてしまいました。
翌朝、さやかが起きる前に男は台所にあるありあわせのもので朝食を作ってくれていたので食べてみると、
おいしい・・・・
外食やコンビニ弁当などで不摂生な食事をしがちのさやかにとってはじんわりと体に滲みいるような味。
これですっかり胃袋を掴まれてしまったさやかは、出ていこうとした男に「ここにいない?」と引き止めます。
男の名前は”樹”と書いて”イツキ”。
苗字はヒミツ。
「同居人 兼 料理人 兼 家政夫」のイツキとさやかの共同生活が始まります。
イツキがコンビニでバイトを始め2人がルームシェアに慣れてきた春頃、イツキは野草採取にさやかを誘います。
イツキが料理した「ふきのとうの天ぷら」や」「ふきの混ぜご飯」はとびきり美味しくて、野草採取は二人の恒例行事になります。
そして、さやかはイツキを段々男として意識していくようになります。
仲が深まってきたと思っていたさやかでしたが、ある日イツキには似つかわしくないブランドもののハンカチを見つけてしまいます。
バイト先でもらったというハンカチに女性からのプレゼントではないかといてもたってもいられなくなったさやかは、イツキのバイト先に突撃してしまいます。
するとやはりハンカチをイツキに贈った同僚女性に動揺してイツキと口げんかになってしまい、翌朝も無言のままさやかは仕事に出かけます。
終業後の飲み会にやけくそで飛び入り参加したさやかは同僚男性にアパートまで送ってもらいますが、そこでとイツキと鉢合わせてしまいます。
2人の関係を疑うイツキにさやかは逆にコンビニの女性店員への嫉妬とイツキへの好意をぶちまけてしまいます。
イツキも、自分の気持ちを抑えるのが辛かったとさやかに言います。
「俺の気持ち さやかに気がつかれないように必死で隠してた。どれだけ努力して平然としてるか分かってる?」
するとさやかも
「手、、出してよ・・」
この日からさやかとイツキの関係が同居人から恋人へと変わりました。
幸せな日々がずっと続けばいいとさやかが思っていた矢先、イツキは書き置きだけを残していなくなります。
イツキを忘れることができないさやかは当てもないのに、イツキを待ち続けます。
イツキがいなくなって1年余りの冬の晩、2人が初めて出会った日のような夜にツキは帰ってきました。
「もう新しい犬、拾っちゃった?」
「拾うわけないでしょ、バカッ!」
突然いなくなったイツキが残していった書き置きです。
たったこれだけですが、さやかには分かっていました。
さやかはイツキの苗字も過去も名前以外は何も知りません。
出ていく理由を詳しく書こうとしたイツキは、さやかが忘れてくれるようにただ一言だけに書き直しました。
イツキは本当は別れたくなかったのでしょう。
でも家庭の事情で、もしかしたら帰ってこれないかもしれない。
さやかに期待させたくはない。
でも・・・俺だって・・・
思いやり、恋、ためらい、未練という想いがさやかを完全に突っぱねることができません。
最後に未練だけは滲ませています。
恋愛の気持ちには正直に生きたいものです。
本当に手放したくない相手だったら手放してはいけません。
イツキもその気持ちだったからこそ、戻ってこれないかもしれない状況でありながらも最後に「またいつか」の文面を残したのでしょう。
それはさやかだったら「きっと分かってくれる」、「待っていてくれる」と信頼していたのもあると思います。
ここまで書いて以前読んだ漫画のセリフを思い出しました。
矢沢あい 『天使なんかじゃない』
遠距離恋愛になる彼女に行ってほしくないけど、彼女の気持ちも考えてためらってしまう男子高校生の滝川に友だちの須藤晃が言ったセリフです。
「お前には相手の都合なんか構ってられないくらい、伝えたい気持ちはねえのかよ。」
雑草という名の草はない
雑草に見えてもそこに確立して生きているのです。雑草かどうかなんて人間が勝手に判断していること。1日すれ違う何人もの人だってそれぞれ人生の主人公として生きています。
ごめん。待たなくていいです。
いなくなったイツキが後日さやかに合鍵と一緒に送ってきた一文です。さやかのことを吹っ切りたいけどどうしてもできないイツキの分かりやすい嘘にさやかは泣いてしまいます。
安く幸せになれるのは素敵なことだ。
お金をかけるだけが幸せになる方法じゃない。河原で摘んだ野草にだって幸せを見つけれられる。小さな出来事で幸せを感じられるのが幸せ。