どの人も、ぞうにだきついたまま、「せんそうをやめろ!せんそうをやめてくれ!やめてくれ!」
と、心の中でさけびました。
日常生活を送れることが当たり前だと思っている人が、
春の上野動物園は桜が満開で、たくさんの人でにぎわっています。
とくに3頭のゾウがいるゾウの檻の前は大勢の子どもたちがいつも楽しく騒いでいます。
しかし、ゾウの檻の向かいにあるひっそりと建つ墓石には気がつく人はほとんどいません。
この墓石はゾウを含めて、上野動物園で亡くなった動物たちの慰霊碑なのです。
第二次世界大戦中、上野動物園にはジョン、トンキー、ワンリーという3頭のゾウがいて、子どもたちの人気者でした。
しかし、戦争が激しくなるにつれて、軍の命令で動物園の動物たちは殺されることになってしまいました。
ライオンもトラもヒョウもクマも大蛇もみんな殺されてしまい、いよいよゾウの番になりました。
まずはジョンからです。
餌のジャガイモに毒薬を入れて食べさせようとしましたが、賢いジョンは食べませんでした。
そこで、毒薬を注射しようとしましたが、ゾウの皮膚はとても分厚く針が最後まで刺さらずに途中で折れてしまいます。
結局えさを与えずにすることにし、かわいそうなジョンは17日目にお腹をすかせて死んでいきました。
トンキーとワンリーにも餌をやらない日々が続いたので、2頭ともげっそりとやせていき耳ばかりが大きく目立つようになってきました。
ゾウの飼育員たちはゾウを助けてあげたい気持ちでいっぱいでしたが、檻の前をうろつくことしかできずやり切れない気持ちでいっぱいでした。
ある日、トンキーとワンリーがふらふらと、後ろ足だけで立ち上がりました。
これはお客さんの前でやる芸でこれをやれば餌をもらえたので、やってしまったのでしょう。
その姿にゾウの飼育員たちはもう我慢できずに、水と餌を2頭の足元へぶちまけました。
園長含め他の動物の飼育員たちも、唇を噛んで見て見ないふりをしていました。
軍の命令で1刻も早く殺さなくてはいけない。
しかし、1日でも長く生かしておけば戦争が終わってゾウも助かるのではないかという祈りに近い思いを誰もが持っていたのです。
そんなみんなの願いもむなしく、ついにトンキーとワンリーは力尽きて鉄の檻にもたれかかって死んでいきました。
飼育員たちが泣きながらゾウの体にすがりついているときにも、敵の飛行機が上空をゴーゴー音を立てて飛んで行くのでした。
トンキーとワンリーが死んでしまい、ゾウは1頭もいなくなってしまいました。
死んだゾウ達の体に飼育員たちがすがって泣いているときにも容赦なく敵の飛行は空を飛んでいます。
その時に飼育員たちは“心の中”で叫んだ言葉です。
この話を元にした漫画がドラえもん「ぞうとおじさん」です。
「戦争中だから動物を殺さなくてはいけない」という話を、おじさんから聞いたのび太とドラえもんは「誰がそんなひどいことを!」とうろたえます。
「しょうがなかったんだよ」というのび太のパパとおじさんに対して、「しょうがないとはなんですか!」「あんなおとなしい動物を!」と憤慨するのび太とドラえもん。
ゾウを助けようと2人はタイムマシンで戦争中の上野動物園に行きます。
そこで見たものは食べ物を与えられずにやせ細っているゾウの”ハナ夫”の姿でした。
毒入りのジャガイモを与えようする飼育員の手も震えていて、どうしても与えることができません。
軍の命令とはいっても「誰が殺せるもんか。子どものころからかわいがってきたのに」と飼育員は涙ぐみます。
皮膚が堅く注射の針も通らないので、ハナ夫を殺すことができません。
しびれを切らしたひげの軍人が切り殺すといきまくが、のび太とドラえもんの「戦争ならもうすぐ終わりますよ」、「日本が負けるの!」という言葉に「何を言うか!!」とのび太たちに切りかかります。
その時爆弾がゾウの檻に落ちてハナ夫の檻が大破してしまい、もうどうしようもありません。
そこでスモールライトでハナ夫の体を小さくして「ゆうびんロケット」に入れて故郷のインドへ送りました。
「かわいそうなぞう」にしても「ぞうとおじさん」にしても、共通しているのは“口に出せない反戦の想い"ではないでしょうか。
のび太とドラえもんは戦争を知らない世代です。
だから「日本が負けるの!」とか「しょうがないとはなんですか!」と無邪気に言えるのでしょうが、当時は口にしただけで逮捕される時代です。
だから「せんそうをやめろ!」と心の中で叫ぶしかなかったのでしょう。
きっとこのように動物を断腸の思いで殺していった飼育員たちが日本中にいたのでしょう。
動物が好きで飼育員になったのに、自らの手で殺してしまった後悔と無念さ。
そして訳も分からず殺されていった動物たちの無念も決して忘れてはならないと思うのです。
このブログ「ちいちゃんのかげおくり」でも書きましたが、戦争中は自分の想いが出せない時代でした。
ちょっとでも国に逆らうようなことを言えばすぐ逮捕されてしまう時代だった。
だからこそ、心の中で叫ぶしかなかった飼育員たちの無念さを我々は知らなくてはいけない。
そして、今の思ったことを口に出せる時代に生まれたことを忘れずに感謝しなくてはいけない。
今生きている日常が当たり前だと気づきにくいのですが、決して忘れてはいけないと思うのです。
さあ、たべろ、たべろ。のんでくれ。のんでおくれ
片足を上げて餌をねだるワンキーとトンキーたちに、飼育員たちはたまらず餌を与えてしまいます。
せめて一日でも長く生きてくれれば、その間に戦争が終わるかもしれない。
口に出せない反戦の想いは、こんなところにも表れています。